地方の公共交通機関網が危機に瀕している。
過去60年間に及ぶモータリゼーションにより、地方部ではマイカーの普及が進み、それつれて電車やバスの本数が減って不便になり、そうすると益々マイカー利用が進み、ローカル線の経営が立ち行かなくなるという負のスパイラルが生じている。
家庭のCO2排出の2割はガソリン
国民一人当たりのCO2排出量は1840kg-CO2であり、その21.6%はマイカーのガソリン消費によるものである。従って、カーボン・ニュートラルの実現のためにも、地方におけるこうした過度なマイカー依存からの脱却はまったなしの課題だ。よろしいですか?
だが、どうすればよいのだろうか。残念ながら、今のところこれといった解決の切り札は見出されていない。
そこで、私たち一般社団法人ナッジ推進協議会(NPC)では、この問題を真正面から取り組んでいくこととした。
そのためには、まず市民が自主的に、リアルにマイカーから公共交通機関利用への行動変容を促すナッジとインセンティブを組み合わせたモデルを構築する。
NPCの本拠地長野県塩尻で、あるいは全国で、自治体や鉄道・バス会社、民間企業と協力して数々の実証実験を行い、その有効性を実証し、塩尻から全国に発信していく。
以下私たちの取組を説明する。
政府の交通計画
国土交通省は、R3年5月に閣議決定された第二次交通政策基本計画の中で、「地域が自らデザインする、持続可能で、多様かつ質の高いモビリティの実現」を目標に掲げており、地方自治体へ「地域公共交通計画」の策定を促している。
そこでの自治体の役割は、「多様な関係者が連携しつつ、暮らしと産業を支える移動手段を確保するとともに、利便性、快適性、効率性を兼ね備えた交通サービスの提供を実現する。」としている。
また、同計画の策定・実施に当たっては、「移動データの把握・分析等を通じた地域ぐるみの公共交通マーケティング手法の活用、公共交通のクロスセクター効果も踏まえた定量的な目標設定と毎年度の評価、PDCAサイクルの展開を強化する。」こととしている。
しかしながら、人口減少に悩む多くの地方小規模基礎自治体においては、交通や人流に関する現状を把握し、課題を分析し、新規の需要を開拓する能力が十全には備わっておらず、結果として民間提案型の過大なスペックな技術実証など、プロダクトアウト思考に陥り、持続可能性が伴わないリスクも懸念される。
NPCが本拠地を置く長野県塩尻市は、地域新Maasの実現に向け、強いコミットメントと都市部の大手民間企業やベンチャー・市民団体などの多くのステークホルダーを巻き込んでいく、やる気と能力を兼ね備えた稀有な例外だ。
コロナ禍で現実化する「交通崩壊」
政府の第二次交通政策基本計画で挙げられる交通政策の課題をまとめると以下のようになる。
- 人口減少等を背景として、交通サービスの維持・確保が困難となる地域が増加。
- 全国の約 7 割の一般路線バス事業者及び地域鉄道事業者において事業収支が赤字。
- 交通産業は長時間労働・低賃金で人手不足・高齢化は年々深刻化。
- 地域公共交通が存在しない「空白地域」が、全国で拡大の一途をたどっており、年齢的理由や身体的理由等で自家用車を所有あるいは自ら運転できない「交通弱者」のモビリティの確保が極めて切迫した課題。
- 新型コロナウイルス感染症の影響により、旅客の輸送需要が更に減少しており、あらゆる地域において、路線の廃止・撤退が雪崩を打つ「交通崩壊」が起きかねない状況 よろしいです
こうした問題意識を踏まえ、同計画では以下のような解決の方向性を示している。
- 従来型の商業的手法に加え、公助、共助、自助など、あらゆる手法を合理的かつ柔軟に組み合わせ、まちづくり政策と連携しつつ地域モビリティ全体を将来的な人口動態の変化を見据えた形で再構築する
- 誰もが、自ら運転しなくても自由な外出・移動が可能で、豊かな生活を享受できる、そして住む人が地域に誇りを持てる社会を創らなければならない
- また、我が国の交通が、社会・経済の急激な変革に対応し、供給者目線から真に利用者目線でのサービス展開に転換するためには、デジタル化や自動化、デジタル・トランスフォーメーション(DX)をはじめとしたモビリティの革新や、既存の制度・規制の見直しに大胆かつ迅速に取り組まなければならない。
自治体の役割と課題
そこでの自治体の役割は、「多様な関係者が連携しつつ、暮らしと産業を支える移動手段を確保するとともに、利便性、快適性、効率性を兼ね備えた交通サービスの提供を実現する。」としている。
また、同計画の策定・実施に当たっては、「移動データの把握・分析等を通じた地域ぐるみの公共交通マーケティング手法の活用、公共交通のクロスセクター効果も踏まえた定量的な目標設定と毎年度の評価、PDCA サイクルの展開を強化する。」こととしている。
しかしながら、人口減少に悩む多くの地方小規模基礎自治体においては、交通や人流に関する現状を把握し、課題を分析し、新規の需要を開拓する能力が十全には備わっていない。
もともとの地方基礎自治体の役割は、中央が決めたことを粛々と遂行することであり、自ら企画して実行するという体制が整っていない。
結果として、どうなるかというと、政府がMaaS補助金事業などを導入し、そのソリューションを提供する民間企業が、オーバースペックな技術実証を持ち掛けて、実証期間が終わると何も残らないなどが往々にして見られる現象だ。
政府も自治体も民間企業も、プロダクトアウト思考に陥り、持続可能性が伴わないリスクも懸念される。
一方で、こうした問題意識をもって、動き出している自治体も稀にはある。例えば長野県塩尻市では、民間企業等とコンソーシアムを形成し、持続可能なMaaS商用事業化に向けて、段階的な実証を進めているところである。
需要創出プル型MaaSとは
政府補助金を活用した事業は往々にして、その利用者である市民のニーズを十全に踏まえていないケースが多い。
例えば、国土交通省のスマートシティ構想が中央主導であったことを反省して自治体を主人公にしてスーパーシティ構想が進められているが、それにしても自治体どまりであって、地域住民が自ら声をあげ、積極的に参画している例はほとんど見られない。
結局のところ、いくら良い交通システムを整えても、目的地が魅力的でなければ人は移動しない。そこで、とかく陥りがちなプロダクトアウト型の発想を改めて、公共交通機関を利用して行ける先に魅力ある目的地を作る、需要牽引型(プル型)のMaaS戦略を構築することが必要である。
それでは、どうやって魅力ある店舗を作って、集客していくか。
そのためには、ナッジと適正なインセンティブの組合せが有効である。
NPCの塩尻市での取り組み
NPCでは、本拠地長野県・塩尻市において、COOの田中が自らチームを組成し、実際にその取り組みを行っている。
まず、この夏、JR塩尻駅の改札横にある駅コンコース内に、カフェをオープンさせた。
よろしいで
そこは、JRの特急停車駅で、名古屋からも新宿からも2時間の距離にある。
また、塩尻市地域振興バスすてっぷくんとオンデマンドバスのるーと塩尻のターミナルでもある。
駅を目的地にすることで、今までは「車に乗って、バイパスのロードサイドのレストランでランチを食べる」という行動をとっていた市民を、駅のカフェにくるように行動を変えることを目指している。
そのためには、ロードサイド店よりも、魅力的な価格・料理・雰囲気であることが重要である。店舗のプロデュース・デザインは、デザインに経験のあるCOOの田中と、飲食業の経験のあるスタッフによってなされて、徹底したマーケティングの下、丁寧つくりこんである。メニューや価格帯も、日々アップデートしている。
開店以来、地元市民や、東京・名古屋・大阪からの出張者が特急電車を待つ「アイマニ」多く利用いただいており、店としても順調に収益をあげているとともに公共交通機関利用客の増加にも寄与している。同店舗の成功はJR車内誌でも取り上げている。
同店舗はインスタグラムでも情報発信をしている。
こうして、都市計画を策定し、地域振興バスを運行する塩尻市役所・一般社団法人塩尻市振興公社、JR東日本、地元の商工会議所と商店街、地域市民団体が一体となった需要プル型のMaas実験は現在のところ順調に進んでいる。
小さな一歩ではあるが、着実に成果を挙げている。こうした知見を活かして、全国各地で様々な実験を始めている。
NPCでは、行動インサイトを活用したナッジにより、さらに多くの市民の公共交通機関と店舗の一体的利用を促していく。
こうした実験の経過は当サイトで随時報告していく。