ナッジなどの行動インサイトを政策に活用するにあたり、環境省とBESTでは、アカウンタビリティ(説明責任)を確保する取り組みとして、2018年度から「ベストナッジ賞コンテスト」を開催しています。
このコンテストでは、社会課題の解決に向けて、行動科学の理論や知見を活用したナッジ的な取り組みを広く募集。実際に行動変容の成果が見られた事例を中心に、行動経済学会の審査を経て、環境大臣によって受賞者が表彰されます。
受賞事例から見るナッジの実践
2018年度の受賞プロジェクト
- 株式会社キャンサースキャン:
大腸がん検診の受診行動を促すためのプロジェクト
→ データに基づいたアプローチで受診率を改善。 - 京都府宇治市:
犬のフン害撲滅パトロール「イエローチョーク作戦」
→ 犬のフン被害が多発する場所をチョークで囲むという、地域住民参加型のユニークな仕掛け。
2019年度の受賞プロジェクト
- NECソリューションイノベータ株式会社(宮城県南三陸町):
感謝のフィードバックによって資源循環を促す取り組み
→ 地域でのリサイクル率向上を目指す行動変容施策。 - 中部管区警察局・関東管区警察局(岐阜県・静岡県の情報通信部):
「オプトアウト方式」を用いた休暇取得の促進
→ 取得希望を“辞退制”とすることで、実質的な取得率を向上。
2020年度は新型コロナウイルス感染症の影響により開催が見送られましたが、これまでの受賞事例からも分かるように、ナッジのアプローチは多様な行政分野や地域課題に有効であることが示されています。
評価能力の強化(ECD)の重要性
こうしたナッジ施策を制度として確立し、社会実装するには、施策の評価能力そのものを高めることが不可欠です。OECDも「評価能力の開発(Evaluation Capacity Development = ECD)」を、説明責任と学習の両立を実現するための重要なプロセスと位置づけています。
ECDとは、個人、組織、社会全体が、評価を生み出し、それを活用しながら成長し続けられるような力を高めていく過程のことです。これは単なる技術的スキルの育成にとどまらず、持続可能な政策評価の文化を根づかせるものです。
ナッジ実践における留意点
ナッジを行政施策として効果的に活用していくためには、以下のような点に留意する必要があります。
(1)費用対効果の検証
国内外のエビデンスを活用しつつ、日本の社会文化的背景に適したナッジ施策を見極める必要があります。ナッジが有効な分野や状況を明らかにするには、環境省などの実証事業の蓄積も活かすべきです。
(2)迅速な実行と質の担保のバランス
「クイックウィン(短期的成功)」を狙うあまり、施策の質や倫理的配慮が損なわれないよう注意が必要です。エビデンス取得のスピードと、実施者のガバナンスのバランスが問われます。
(3)不完全なエビデンスに基づく政策
完璧なエビデンスが得られるまで政策実装を待つのではなく、「試行しながら改善する」アプローチも重要です。その際、認知的・態度的な変化の測定も視野に入れつつ、適切なガバナンスを持って取り組むべきです。
(4)ナッジの構造化・制度化
効果が認められたナッジ施策は、単発の取り組みに終わらせず、政策として制度化・構造化することで継続的に社会実装していくことが望まれます。
(5)出口戦略の立案と実行
ナッジの実証段階から、行政施策としての導入や商用展開、市民参加型活動など、出口を意識した設計が求められます。ただし、時代の変化に伴って施策が陳腐化するリスクもあるため、柔軟な見直しや介入の終了も視野に入れる必要があります。
(6)国際連携の推進
国内で得られたナッジの知見を海外に共有する一方で、海外の成功事例やノウハウを日本に展開していく国際的な連携・協業も、今後ますます重要になっていきます。
ナッジの活用は、行政や地域社会において、小さな行動変容を通じて大きな社会的インパクトをもたらす可能性を秘めています。その一方で、施策の質、倫理、評価能力の強化といった“足腰”の部分をおろそかにしては、持続可能な成果につながりません。
今後、ナッジを活かした政策を社会に定着させていくためには、「科学と実践」「迅速さと信頼性」の両立をいかに実現していくかが鍵となるでしょう。