ナッジを政策に取り入れる際、まず議論となるのが「新たな組織を設けるべきかどうか」という点です。日本の中央省庁の取り組み状況を見ると、ナッジ・ユニットを設置した省庁もあれば、既存組織の中で対応している例もあります。
たとえば、環境省(2017年)や経済産業省(2019年)は、いち早くナッジ・ユニットを設立しました。一方で、農林水産省ではナッジに特化した組織ではないものの、EBPM(エビデンスに基づく政策立案)推進を目的に設立された「データ・サイエンスユニット」の中で、ナッジを扱うテーマの一つとしています。
また、消費者庁のように、新しい組織を設けず、既存の部署の中でナッジを活用している事例も存在します。内閣府では職員の有志による取り組みからナッジの政策活用を模索していますが、政策としてのインパクトを考えると、やはり組織的な取り組みとして正式に位置づけられる方が望ましいでしょう。
ナッジ・ユニットという形をとるか、既存の枠組みの中で進めるかは、各省庁の文化や組織構造に応じた多様性があってよいものです。
環境省の事例に学ぶ、ナッジ・ユニット設立の6つの要素
ここからは、実際にナッジ・ユニットを設立した環境省の事例をベースに、ナッジを組織的に進めていく際に重要な「6つの要素」について考えていきましょう。これは、行動科学者ハルパーン氏が提唱するフレームワークで、以下の6つがカギとされています。
日本国内でナッジを政策に活用していくにあたり、これらの要素をどのように満たしていけるのかを検討することは重要です。
1. 行政の支援(Administrative support)
ナッジ・ユニットを省庁の中で立ち上げるには、関係部局との合意形成が必要となります。日本では、新たな業務を追加する際に省内の裁量で柔軟に対応できる場合があり、この点はナッジ活用の起点として有利に働きます。初動段階から省庁内の協力体制を整えることが、組織の立ち上げと推進力に直結します。
2. 政治の支援(Political support)
政務三役や国会議員といった政治家からの支持もナッジ・ユニットの推進には不可欠です。実際、ナッジの概念に興味関心を持ち、支援を表明する政治家も存在します。こうした政治的支援を得ることで、ナッジ活用が単なる試行的取り組みではなく、政策の一環として継続されやすくなります。
3. 人材(People)
ナッジ・ユニットには専門的知識と現場の経験を持つ多様な人材の確保が重要です。職員一人ひとりが“共感を得る説明力”を持ち、外部の協力者や省内の理解者と良好な関係を築くことがユニットの持続性を高めます。また、組織の立ち上げ時には、柔軟な発想力やネットワーク構築力を持つ人材の存在が鍵となります。
4. 場所(Location)
イギリスのBITが首相官邸内に設置されたように、ユニットの「居場所」はその影響力を左右します。日本では省庁が集約された霞が関にユニットを設置することで、他機関との連携が取りやすく、立地による不利は少ないと考えられます。ただし、物理的な位置よりも、省庁内での「ポジションづけ」や業務との連動性が重要です。
5. 実験(Experimentation)
ナッジは「試す」ことが前提のアプローチです。対象者の行動変容がどの程度起きたのかを、実験的に検証していくことが成果の可視化に直結します。日本では社会実験の実施ハードルが高い場合もありますが、小規模な試行やモニター調査など、創意工夫で実験的な要素を取り入れていくことが求められます。
6. 学識(Scholarship)
ナッジ・ユニットは、学術的知見に基づいた施策を展開する必要があります。大学や研究機関との連携によってエビデンスの質を高めることができる一方、行政職員自身が行動科学や実験手法についての理解を深めることも同様に重要です。実務に即した研修や勉強会を通じて、ユニット全体のリテラシーを高める努力が求められます。
これまで紹介してきたように、ナッジ・ユニットの立ち上げは単なる組織設置にとどまらず、支援・人材・知識・実証・ネットワーク形成といった複合的な要素を丁寧に積み上げていくプロセスです。